
××年
エルの両親は海賊だった。
荒波を越え、仲間を守り、強く、
それでいて神のような優しさを持つ海賊。
そんな存在になってほしいという願いを込めて、
彼は「エル」と名付けられた。
文字にすると「el」。
「息子も海賊という楽しさを知って欲しいのさ。」
父はそう言って、豪快に笑った。
××年
「俺も海賊になる!」 親の背中を追い、
エルは海へ出た。
様々な海賊と出会い、戦い、笑い合い、語り合い、
数えきれないほどの島を巡った。
黒潮の裂け目、
骸骨岩礁群、
人魚の入り江、
月影諸島、
深淵海溝、
断罪の火山島、
星降る孤島、
亡霊船の湾岸、
蒼哭の大灯台、
忘れられた王の環礁……
九十種類を超える冒険。
色々あったけれど、心から言える。
「すっげぇ……楽しかった。」
「冒険って最高!」
その明るさと強さで、多くの人に愛された。
仲間が増えるたび、世界は広がった。
××年
冒険の途中で出会った一人の女性。
最初はただの仲間だった。
けれど、離れると寂しい。
姿が見えないと落ち着かない。
「……何だよ、この気持ち。」
きっと、好きなんだ。 失敗しても笑ってくれる。
怪我をすれば手当てしてくれる。
悩みも聞いてくれる。
母性のような優しさを持つ人だった。
やがて二人は強い絆で結ばれる。
××年×月×日
そしてある日、
彼女は小さく微笑んで言った。
「……ねぇ、エル。」
「私たち、家族になるよ。」
その言葉の意味を理解した瞬間、
エルの胸は震えた。
彼女のお腹には、新しい命が宿っていた。
「……マジか。」
「俺、父親になるのか……?」
守りたいものが、増えた。
「絶対に守る。二人とも。」
それが、約束だった。
××年
海賊事件が起きる。
信じていた者に裏切られた。
そのせいで守れなかった国がある。
命を落とした人々がいる。
「なんてことだ……俺のせいだ。」
「なんとかしないと、国を守れなくなっちまう……なんでこうなったんだ。」
そして――最悪の報せ。
愛する人が命を落とした。
その腕の中には、
守るはずだった未来もあった。
まだ生まれてもいない、小さな命も。
「……嘘だろ。」
膝から崩れ落ちる。
「俺が……守るって言ったのに……。」
「二人とも……守れなかった……。」
悔しさが喉を焼く。
「あいつらのせいだ……。」
「でも……俺のせいでもある……。」
胸に深い傷を負い、血を吐く。 視界が揺れる。
怨念。
憎悪。
絶望。
悔恨。
復讐心。
感情が黒く濁っていく。
「やべぇ……俺、ダメかも……。」
「みんな死んだのも……二人が死んだのも……俺のせいだ……。」
涙が止まらない。
その時、視界に“黒いもの”が映る。
「……なんだ、それ……?」
それは――悪魔だった。
高所から海へ落ちていく中、黒い影が近づく。
「君、もっと強くなりたいか?」
涙で視界が滲む。
「……強くなりたいっていうか……」
「……あいつらを、復讐してぇよ。」
悪魔は笑う。
「……フフフ。いいね。君のこと気に入ったぞ。」
「君も悪魔になってやろう。もっと強くなれる。」
海の中で、エルの意識が薄れていく。
最後に浮かんだのは、彼女の笑顔。
そして――守れなかった未来。
涙を流しながら、息が絶えた。
愛想が良く、強く、
愛されていた海賊“エル”。 その存在は消えた。
代わりに生まれたのは、
復讐のために生まれ変わった蛸の悪魔。
深海の闇を纏い、失った未来を抱えた存在。
そしてその悪魔は、静かに呟く。
「……復讐してやる。」
「覚えろよ、人間ども。」